1 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:16:23.05 ID:MjdxgGGA0

 スランプ、だなんて口に出して言うのは簡単だ。
実際無から有を作り出す趣味や職を持っているなら、誰しもスランプという壁の前で立ち尽くすだろう。

昔の偉人は、スランプを乗り越えた先に一回り成長した自分がいると言っていた。
そしてそれはきっと間違いじゃない。
けれどもこのスランプの壁というのがまた厄介な物だ。

同じ問題でも、人によって乗り越え方も違えば壁の高さも違う。
そうして上手く乗り越えられる人もいれば、乗り越えられずにそこで道を諦めてしまう人もいる。
簡単にスランプなどという言葉で片付けてしまうが、そう考えると自分が今とても重要な直面に立たされている事を再認識した。

 もう二時間近くパソコンの前に座っているが、この指がキーボードを叩く事は一度もなかった。
頭の中で言葉が浮かんでは消え、現われては不鮮明で曖昧な形となってしまう。
思い付きそうで中々出て来ない。空を掴むとはまさにこの事だ。

 この前の品評会でも厳しい言葉を投げられたばかりだった。
出来る事ならここで成長した自分の姿を見せたいが、右脳は思い通りに動いてくれない。

 これ以上考えていても何も思い付かないだろう。
そう自己判断した僕は真っ白なテキスト画面を閉じ、デスクトップ画面からIEのアイコンをクリックする。
傍らのコーヒー飲みつつ、開かれたウィンドウの横に備え付けられているお気に入りの、一番上にあるリンクに飛んだ。


2 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:18:25.18 ID:MjdxgGGA0

 検索エンジンのトップから殺風景な画面へと変わっていく。
作家の集い、と小さくトップに掲げられたそれは、最近行き着けのサイトだった。

 小規模で細々と運営されているそのサイトは検索で流れ付いた。
よくある口だけの、ただの空想的な独り善がりのサイトではない。
作者志望達が活発に意見交換や批評を行なっている交流サイトだ。

 無論批評と言っても素人目だから限界はある。
しかしここに来る人達の批評はとても適切で為になる。

交流サイトには付き物の甘い言葉で埋め尽くす事もなく、中身のない批判をする事もない。
良い所を言い、悪い所は全てハッキリと言って改善点を供える。
そうして批評された内容を下にまた自身の改善に繋げるのだ。

 いくつかあるチャットルームから馴染みの部屋を選び、入室する。
すっかり夜も更けたルームには誰もいなかった。
恐らく皆今度の新人賞に向けて執筆しているのだろう。

>>関 さんが入室しました

 ハンドルネームを考えるのが面倒で、本名から一字抜いただけの仮の名前で部屋に入る。
そこで僕は関さん、と呼ばれていた。

 決して僕の年齢からそう呼ばれている訳ではない。何か素晴らしい作品を書いたからという訳でもない。
ただ誰かが関さん、と呼び始めてそれが定着してしまったのだ。


3 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:21:26.67 ID:MjdxgGGA0

 一つのルームに駐在しているメンバーは大体同じだ。
最初こそは皆敬語を使っていたが、今となっては砕けた物言いで会話をしている。

 だからこそ、たった一人だけ関さんという呼ばれ方をされているのが何となくくすぐったい。
敬称される程の人物でもないのに、何故だか申し訳ない気分になるのだ。

 時計の短針は十二と一の間を刺している。気がつけば既に日付も変わっていた。
 暫く人が来るのを待ってみようか。
そんな事を思いながら課題の文書に目を通していると、パソコンのスピーカーから軽快な音が流れた。

>>i さんが入室しました

 見覚えのある名前に頬を緩めると、僕は今日初めてキーボードを叩いた。

関:こんばんは

i:こんばんは関さん

関:随分久し振りですね。今度の新人賞へ向けてですか?

i:ううん、別の賞に向けて書いているところ

i:新人賞を狙うにはまだまだ力がないしね

 iと名乗るこの人物とはこうして何度か会話を交わしている。
時折ルーム内のメンバーの入れ替えが起きる中、iは比較的初期からいる人物だ。

 最初からそこにいる人というのは大抵踏ん反り返ったような態度を取る物とどこかで聞いた事がある。
だがiはそんな様子を見せないどころか、誰に対しても柔らかい物腰で接していた。


4 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:23:41.87 ID:MjdxgGGA0

 以前彼、あるいは彼女の書いた小説を読ませて貰った事がある。
その内面と似た優しい文体と話は、心を温かくさせた。
人の性格は文章に現われるとはよく言ったものだ。僕はすっかりiの書く文章とその人柄に惹かれていた。

i:そういえば関さんが前に言ってた品評会はどうだった?

関:いや、ボロくそに言われたね。僕自身あまり納得のいくものでもなかったし

i:スランプまだ続いてるんだ

関:そうだね。書けば書く程深みにハマっていくみたいだよ

 チャットのメンバーにもスランプの話はしていた。
色んなアドバイスを貰い、励ましの言葉を掛けて貰い、全ての提案を試してみた。

しかし現実はそう簡単にはいかなかった。
僕のスランプはいつまで経っても終わりを見せず、日に日に悪くなる一方だった。

関:そろそろ潮時なのかな

関:次の品評会で納得のいく作品が出来なかったら諦めるしかないのかな

関:はは、こんな事言われても困るよね。弱音吐いても何もないのはわかってるけどね

 思わず零してしまう弱気な自分。こんな事誰にも言った事なかったし、言えるはずもなかった。
思っている以上に精神的にきているんだな。
自嘲気味に自身を笑いながら、今頃どんな言葉を掛けてようかと考えているに違いないiの返答を待つ。

 けれど意外にも返答はすぐに来た。現実的なiにしては珍しく現実身が湧かない言葉に、僕は首を傾げてしまった。


5 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:25:50.80 ID:MjdxgGGA0







i:じゃあさ、息抜きにどこか遠くへ行けばいいんじゃないかな?







 その言葉が、これから始まる一夏の旅のきっかけになるなんて、この時はまだ知りもしなかった。






6 名前: ◆AoH6mbCY.w :2009/07/20(月) 20:26:57.76 ID:MjdxgGGA0





第一話
思い立ったが吉日_





8 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:30:39.75 ID:MjdxgGGA0
( "ゞ)「はぁ……」

 空を見上げれば太陽が輝いている。
雲一つない空は地上を熱くさせ、体温をも上昇させていく。
ジリジリと五月蠅い蝉の鳴き声が聞こえてくる中、僕は一人おむすびを食べていた。

( "ゞ)「……はぁ」

从 ゚∀从「なぁーに溜め息なんかしてんだお前は」

 暑さの余り、頭を垂れていると聞き慣れた声が聞こえた。
声の主の方を向けば、眩しそうに眉間に皺を寄せている先生がこちらにやって来るのが見えた。
まるで当たり前のように僕の隣に座ると、持っていた菓子パンの袋を開けて食べ始めた。

从 ゚∀从「溜め息なんかしたら幸せが逃げるって言うだろう?」

( "ゞ)「吐きたくもなりますよ、もう一ヵ月も書けてないんですから」

 もう一度溜め息を吐きながら言うと、先生は困ったように笑いながら、まあなと呟いた。

从 ゚∀从「前回の品評会も下から数えた方が早い位置だったからなぁ」

( "ゞ)「どんどん成績が落ちていきますね」

从 ゚∀从「わかってるなら改善するしかないだろ。まさか何もしていない訳じゃないよな」

 おむすびを食べ終えた僕は、指に付いた米粒を口に運びながら同意の頷きをする。



11 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:34:47.32 ID:MjdxgGGA0

 一般的に聞くスランプの脱出方法は全て試した。
経験者の知り合いや友人に聞いた意見も取り入れてやってみた。
しかし、何をしてもスランプから抜け出す事はなかった。

( "ゞ)「この間の品評会の作品、先生はどう感じました?」

从 ゚∀从「下手くそ」

( "ゞ)「もう少しオブラートに包んで言って下さい」

 パンを口の中に押し込みながら一言だけそう言うと、先生はパンの入っていた袋を丸めてポケットの中に突っ込んだ。

 先生との付き合いはそれなりにある。一年前、赴任して来た先生に自ら接触したのが最初だった。
面識もない上に受け持ちの学年も違うのに会いに行った理由は、先生の書いた本が大好きだからだ。
 
 派手な見た目と豪快な性格に、本で想像していた知的なイメージはすぐに崩れた。
けれどそれは悪い意味ではない。むしろ面白い人だと逆に興味をそそった。

 だから先生が物事を言う際に、遠慮が全くないのはよくわかっている。
それが時に嬉しい事でもあり、胸を痛くさせる事もあった。
今の僕の心境を例に当てはめるなら、間違なく後者だ。

从 ゚∀从「オブラートに包んだってお前の為にゃならんだろ」

( "ゞ)「じゃあせめて悪かった所を言って下さいよ。
    品評会のアドバイスはどれも当たり前の事ばかりでわかりにくいですし」


12 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:39:05.68 ID:MjdxgGGA0

 煙草に火を着ける先生の方を見て尋ねる。
そうだな、と呟くと先生は何かを考えるように人差し指を眉間に置いた。

 そんなに悩む程悪いのか。
普段ならマシンガンのようにどんどん悪い所を挙げていく。
あそこが悪い、ここが気に入らない。その中には先生の好みも含まれているが、とても適切だ。

そんな先生の考える姿は似つかわしく、言葉を選んでいるように見えた。
時間にしておよそ十五秒。けれど僕にはこの空白が一分以上も掛かったように感じた。

从 ゚∀从「関ヶ原。お前は今何の為に書いている」

 先生の口から出た言葉は、先生らしくない言葉だった。
 どちらかと言えばそれは、先生の書いた本に出てきそうな言葉であって、先生という人間が口に出さなさそうな物だ。
不真面目、だなんて言い方をしたら怒られるだろうけれど、こういう真面目な台詞は先生に似合わない。そんな気がした。

 驚いている顔を出してしまっていたのだろうか、先生は照れ臭そうに僕の返答を待っていた。
 何の為に書くか。僕は考える。けれど、納得の出来る答えは見つからなった。

( "ゞ)「わかりません」

从 ゚∀从「それだ」

 はっきりとした声で言いながら、先生は僕の顔を指差した。
 何を言えばいいのか分からず、ただ単純に思った事を言ったのが悪かったのだろうか。
僕には先生の言いたい事が少しもわからなかった。


13 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:41:00.28 ID:MjdxgGGA0

从 ゚∀从「お前は今、何も目標がないままただ書いている。そうだろう?」

( "ゞ)「……」

从 ゚∀从「ただ書くだけなら誰だって出来る。それこそ作文が苦手な小学生でもな。
      だが今のお前はどうだ、目標もなしにただ書いている。そんなの意味がないだろう」

 先生の言う事は最もだった。確かに今の僕は目標らしい目標がないままがむしゃらに書いている。
本来ならば力を入れるべき品評会だって只の一過性の課題に過ぎないと思っている位だ。
 でも決して目標がない訳じゃなかった。

 僕の通う武運学園は、全国唯一の小説家育成学校だ。
入学試験はさほど難しくない、義務教育を卒業すれば誰でも入れる。
一見簡単そうに見えるが実際入ってからが大変なものだった。

月に学園全体で一度行われる品評会。
小説家兼講師、教師達による評価が低ければその場で退学というシビアな校則がある。
その為、生徒達は必死で自分の才能を磨く。学年は違えど在籍する全員がライバルだ。

切磋琢磨するような熱い友人関係など存在しない。少なくとも僕の周囲にはそんな物はない。
表面上仲良くしているだけで裏ではどう思っているのか知れた物じゃなかった。
そうして年月を重ね、卒業まで辿り着くのだ。

 学園を卒業するという事は、小説家としての道を手に入れる事だ。
実際、卒業生の大半は一流小説家になっている。その事から毎年相当数の志願者がいるらしい。

 そして僕も、小説家を夢見るその中の一人だ。目標がない訳じゃない。なりたい物に向かっていく目標がある。
 言葉を続けようとする先生に、でもと呟いて先程の発言を否定した。


14 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:43:12.69 ID:MjdxgGGA0

( "ゞ)「僕は……一流小説家になる為に上を目指している。それが目標です」

从 ゚∀从「そんなの誰だってそうだろ。テンプレ過ぎる」

 吐き捨てるように言った先生は、僕の言葉を簡単に消し去る。
 口調は荒いが怒っている訳ではない。どちらかといえば苛立っているような感じだ。

从 ゚∀从「品評会の作品だって、はっきり言ってよく出せたと思う位下手くそだ。
      文章が目茶苦茶だとかそういう意味じゃねぇ、一番大事な物が欠けている。
      まだ私と最初に会った頃の方が面白い物を書いていたよ」

 先生の言葉に、僕は何も言えなくなった。それは、今まで先生に言われたどの言葉よりも辛い物だった。
 筆力が足りないのは何とか補える。生まれ持っての閃きはなくても、努力次第でどこまでも伸びるからだ。
けれど先生に指摘されたのはそうではない、もっと別の深い物だった。

 昔の僕が持っていて、今の僕には持っていないもの。それが何かは思い出せなかった。
 きっと今の僕は相当情けない顔をしているんだろう。鏡を見ずとも自分の感情が露わになっているのが分かった。

从 ゚∀从「情けねぇ顔」

( "ゞ)「……知ってます」

从 ゚∀从「今のお前の作品もそんな感じだ。
      泣き出しそうで、苦しくて、動けない。どうすればいいのか分からなくて、立ったまま戸惑っている」

 流れるように言葉を紡ぎ出す先生。
いくつものネガティブな表現に思い当たる節があった僕は何も言えず、ただ俯いていた。


15 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:45:53.93 ID:MjdxgGGA0

从 ゚∀从「その内酷くなると、書く事自体が嫌になる。
      今のお前なら間違いなく、退学を命じられるより先にここを去るだろうな。
      自分の限界を自分で知って、目標を無くし、夢を諦める。それがお前の末路だ」

 思い出すのは、教室を去って行った先輩やクラスメイトの後ろ姿。
悲しみと憤りを感じるあの背中を見て、ああはなりたくないと思っていた。
けれど現実は僕にもその可能性がある事を示唆し、僕自身もそれとなくその事に気付いていた。

 しかし、だからと言って諦める訳にはいかない。
そういったプライドと意地から書き続けていたが、正直苦しいのだ。

これ以上上へは目指せないんじゃないか、僕の出来る力はここまでしかなかったのか。
そんな事をふと考えてしまうのだ。

( "ゞ)「……なら、僕は」

 出した声は震えていた。
自分自身で気付くより、他人に指摘される方が遥かに絶望は大きい。それが自分の尊敬する人であるなら尚更だ。
 藁にも縋る思いで先生に問い掛ける。

( "ゞ)「僕は……どうすればいいんですか?」

从 ゚∀从「知るか」

 返って来た言葉はあまりにも酷く、突き放された気分になった。

(;"ゞ)「そんな一蹴しないで下さいよ。分からない物は分からないんですし」


16 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:48:06.23 ID:MjdxgGGA0

从 ゚∀从「少しは自分で考えろ。これは誰かが言って治るものじゃない。
      お前自身が自覚しないと一生治らない物なんだよ」

 最後にそろそろ行くと言って、先生は僕の方を一度も振り向かずに屋上から去ってしまった。

 一人取り残された僕は考える。
今まで見て見ぬ振りをしていた問題が、既に目の前まで来ているのだ。

しかし僕はそれをどう扱えばいいのか、その術すら知らない。
ただ問題が自然と解決する事を黙って見ながら書き続けるしか方法が見当たらなかった。

 けれどそう遠くない未来、僕は書く事が嫌いになるだろう。
現に今だって書いていても楽しいとは思えない。
ただ目の前の課題を淡々とこなしていくような物だった。

 では僕は一体どうすればいい。自問自答しても、答えは返って来なかった。

( "ゞ)「……はぁ」

 今日何回目か分からない溜息を吐きながら、午後の授業に向かう為重い腰を持ち上げた。


17 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:51:13.19 ID:MjdxgGGA0

 学校から電車で二駅跨いで暫く歩いた先に僕の家はある。
 全ての授業が終われば生徒の大半は図書館や空き教室で自身の腕を磨く為机に向かう。
もしくは自宅へ帰って、自分のペースで机に向かう者もいる。

 しかし残念ながら今の僕は学校に残って書く事もなければ、家へ帰って書く事もない。
ただパソコンの前で何時間も座っているだけだ。

 こんな生徒は恐らく僕だけだろう。
自分で自分を笑いながら僕はインターフォンと自宅の鍵を開けた。

( "ゞ)「ただいま」

 がらん、としたリビングには人の気配はなく、殺風景だ。
当然だ、このマンションに住んでいるのは僕だけなのだから。

 両親は二人とも作家で、二人共別々の家に住んでいる。
当初は二人の内のどちらかの家に住むはずだったが、僕の希望で一人で住む事になった。
親が嫌いな訳じゃない。ただあの人達から向けられるプレッシャーを間近で受けたくないだけだ。

 適当に夕飯を済ませて、自室でパソコンの前に座る。

 せめて一文でも打てれば。そうは思っても中々書けない。
少し書いては全て消し、思い付いたかと思えば納得いかずに全て消す。
こんな事をもう何度も繰り返していた。



18 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:52:36.02 ID:MjdxgGGA0

( "ゞ)「……」

 襲いかかって来るのは、どうしようもない苛立ち。
 それは自身に向けられているのか、目の前のパソコンに向けられているのか。
はたまた手も差し延べてくれない先生へ向けられているのか、どちらなのかは分からない。

ただ意味もなく苛立っている。それだけしかわからなかった。

( "ゞ)「……止めよう」

 座って二時間も経たずにテキスト画面を閉じた。
 未来はすぐそこにいた。逃れられようのない事実に、無性に泣きたくなった。

 今が苛立ちなら次は何だろう。無気力か、無関心か、諦めか、開き直りか。
物心ついた頃からずっと書き続けて来た僕には酷な話だ。
才能なんてない。ただ努力だけで這い上がって来たのだ。

それなのにこんな仕打ちかと思うと、悔しくて堪らない。
書け、書け、書くんだ。まだ書ける。書く以外何も出来ないんだ。だから書け。
叱咤激怒しても手は動かない。まるで身体と頭と心が別物みたいだ。

 どうしようもなく苦しくて苦しくて、どうすればこの苦しみから逃れられられるのだろう。

 気がつけば僕は泣いていた。気がつけば時間は大分過ぎていた。
 まとまりのつかない頭で、僕は一人考えていた。
けれど答えは見当たらない。考えればその分だけ、辛くなった。


19 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:55:04.90 ID:MjdxgGGA0

 こういう時は人恋しくなる物なのか。僕は作家の集いへ足を運んでいた。
 誰かに話したい。出来れば自分の事をよく知らない人間に。そういう思いが僕の中にはあった。

 いつも行くルームには昨日会ったばかりのiが一人待機していた。
打ち慣れた名前欄を入力して、入室をする。

>>関 さんが入室しました

関:こんばんは、i

i:こんばんは関さん

 お決まりの会話をすると、僕はキーボードの手を止めた。

 何をiに言えばいいのだろう。
弱気な自分の事を言えばいいのか、書けない現状を憂いている事を言えばいいのか。
思い浮かぶ事柄は何故か言おうとは思えなかった。



20 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 20:56:52.58 ID:MjdxgGGA0

 ここに来た理由は、誰かに話しを聞いて欲しかったはずだ。
だがいざ目の前にするとその話をする事をためらってしまう。
顔も知らない人間とはいえ、iとはチャットのメンバーの中でもそれなりに交流があった。

 プライドの高さが滲み出る。持たなくてもいい、下らないプライドなのに。
 何も言わずにいたからだろうか、iの方から僕に話し掛けてきた。

i:何かあったの?

関:へ?

i:何となくそんな気がした

i:違ったらごめんね


21 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:01:21.00 ID:MjdxgGGA0

 顔を見て話している訳じゃない。声を聞いている訳でもない。
にも関わらずiは僕自身に何かある事を察して、それを促すように勧めていた。

 どうしてこの人はこんなに優しい人なのだろうか。
 下らないプライドが徐々に小さくなっていくのを感じた。
完全に抵抗が無くなった訳ではないが、先程よりも素直に言いたい事を書けるような気がした。

関:分からなくなったんだ

関:僕が何で書いているのか。何をしたくて、何を目的に、何のために書いているのか

関:その全ての理由が分からなくなったんだ

 気持ちは意外と簡単に言葉に表せた。

 チャットをしている時に一番緊張するこの空白の時間。
真面目な話をしている時の相手の返答を待つ、たった数分数秒間の時間に手が震えてしまう。
ふざけた事や冗談めいた事を話す時は何も思わないのに、どうもこういう瞬間は慣れる事が出来ない。

 iからの返答を待つ間、僕は画面だけをじっと見つめていた。

i:分からないかぁ……難しいね

関:そうだね

i:やっぱりさ、一度離れてみるといいよ

i:どこか遠くに行ったりとかしてさ


22 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:04:27.77 ID:MjdxgGGA0

 iの意見は昨日と何ら変わらぬ物だった。

 昨晩、予想外のiの発言に僕は冗談で返した。
次の品評会に向けて、賞に応募する為、今が一番大切な時間なのだ。
その時間を何も書かずにいろ、というのは僕にとって酷な話だった。

 だからiの言葉が、直喩的な意味でも隠喩的な意味でも非現実的のように思えた。

 けれど今は違う。
昨日は思わず口にした言葉だから、笑って返せた。
今日は僕からの相談に対して返してくれているのだ。

 iの真剣な気持ちは伝わった。それと同時に浮かぶ疑問。

関:どうして?

関:どうして遠くに離れるんだ?

 まるで子どものような問い掛けに、iはすぐに答えてくれた。

i:私の尊敬する先生が言っていたんだ

i:何かに迷ったら一度リセットして離れるといいって

i:遠くにだなんて言っちゃったけど、別に旅に出ろって訳じゃないの

i:ただ、同じ場所で考えてても何も変わらないって言いたかったんだ

 最後にiは、分かりにくくてごめんね、と言って話を締めた。


23 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:06:48.64 ID:MjdxgGGA0

 目から鱗とはこういう事を言うのだろうか。iの言葉に僕は驚きを感じた。
恐らく僕一人ではこんな考えには至らないだろう。
何か返そうにも良い言葉が浮かばず、率直な思いを告げた。


関:凄いな

i:そんな事ないよ

i:全部その先生からの受け売りだしね

 改めてiという人間の深さを垣間見た気がする。
 僕とは全く真逆の人だ。その優しさも、その強さも僕にはないものだった。

i:一度休めばきっと変わるよ

i:無駄な事なんて何ひとつないんだからさ

 iの言葉一つ一つが僕の胸に染み渡って行く。
 荒れた心が落ち着いていくのを感じた。

関:ありがとう、あと

関:昨日はごめん、真剣に言ってくれたのに笑って

 心が荒んでしまうと、知らぬ間に周りを傷付けてしまう。それが例え無意識でもだ。
 iの気持ちを踏みにじったような気がして、僕は昨日の事を謝った。


24 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:08:52.39 ID:MjdxgGGA0

i:そんな小さな事で気にしてたの

関:だってiは真剣に考えて言ったのに、僕はそれを真剣に受け止めなかった

関:これはiに対して失礼な事だ

i:でもあの言い方じゃ笑われても仕方ないかなーって思ってたんだ

 先程までの固い空気が柔らかな物へと変わっていく。
 流れを変えたのは他でもないiだ。謝る事によって出来た空気を逆手に変えたのだった。

i:関さんは優しいね。だから悩んじゃうんだ

関:優しくなんかないさ

i:そういう人に限って本当に優しいものだよ


25 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:12:09.29 ID:MjdxgGGA0

 話は変わり、他愛もない事を話す。

 今日iと言葉を交わして、僕はまた少しiという人間に興味を持った。
 性別も、今いる場所も、何も知らない人間に対してこんな感情を抱くのはおかしいと自分でも思う。
けれど、そういった非常識な現実をも打破するような魅力がiにはあった。

 言うならばiは空気のような人だ。決して自己主張する訳もなく、ただそこにいる。
けれどそれが確実に、誰かに良い影響を与えている。

 iの助言を受けたは僕だけじゃない。
このチャットルームに出入りしている人なら一度は相談し、何かしらヒントを貰っているのだろう。
それを有効に使うかどうかは知らない。しかし意見を押し付けるのでなく、あくまで提案という行為をする。

それを受ける側としては、これ以上にない優しさだ。
 他の人がこの提案という行為をどう片付けるのか分からないが、僕はこの行為がとてもありがたく感じる。
その提案を完全に飲み込まなくても良い、自分なりにやっていけばいい。僕はそう捉えるんだ。

関:i

i:なに?

 話も終着を迎える頃、僕はもう一度iに礼を言った。

関:ありがとう、また頑張るよ

i:どういたしまして。でも無理はしないでね


26 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:15:08.08 ID:MjdxgGGA0

 僕はiの言葉を素直に受け取った。そうしなければ、iに失礼な気がしたからだ。
勿論、無理はしないのは何に対してもそうだ。
僕の場合、周囲にそう言ってくれる人間が少ないから自ら意識しなければならない。

けれど自分一人だと、どこまでが限界なのか分からなくなる。
それが良い方向に行くなら良いが、大抵は悪い方向へと行ってしまう。

 最後に言われたのはいつだったか。文字で言われた言葉は、血が通っているように感じた。

i:もう寝るね

関:うん、おやすみ

i:おやすみ関さん

 iはその言葉を残すと、すぐに退室をした。
言葉とともに一人ルームに残された僕も、その後を続くように退室ボタンを押す。

 退室を知らせるコールがスピーカーから流れる。
退室知らせの画面が出る頃には、僕はもうパソコンの前にいなかった。


29 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:22:57.47 ID:MjdxgGGA0

 携帯を片手にベランダへ出る。夏を知らせる夜風は生暖かくて、僕の身体を包み込んだ。
 同じ名前で並べられた着信履歴から、見知った相手に電話をかける。

 夜中に電話だなんて、普通の人なら怒るだろう。
けれど、今電話を掛けている相手は普通のようで普通でない。変わった思考を持っている人だった。

 電話のコール音が聞こえる。十を超えた頃、相手がようやく僕の電波を受け取ってくれた。

( "ゞ)「もしもし、先生ですか?」

『よう関ヶ原。こんな時間に珍しいな』

( "ゞ)「はい、もしかして寝てました?」

『私が寝ると思うか? 夜は私の悪友なんだぞ』

 電話越しに、にやりという笑いが聞こえてきそうな声で先生は話す。
 日付も超えたというのに先生の声は明るい。いや、もしかしたら昼間より元気なのかもしれない。

夜ならいつでも電話して良いとは言われたものの、こんな時間から電話を掛けるのは初めてだった。
こんなに楽しそうな先生の声は聞いた事がない。僕は驚きながらも、本題を取り上げた。


30 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:24:56.15 ID:MjdxgGGA0

( "ゞ)「今時間大丈夫ですか?」

『余裕。どうした?』

( "ゞ)「昼間の事、何となく分かった気がするんです」

『ほう』

 興味深そうに、先生は耳を傾けてくれた。
 頭の中で一度言いたい事をまとめると、息を吐いて言葉を紡ぐ。

( "ゞ)「今のままでいたって、何も変わらないって事ですよね」

『どうしてそんな考えに行き着いたんだ?』

( "ゞ)「友人に言われたんです、書けないなら離れれば良いって」

 iに言われた言葉を、自分なりに解釈して先生にその旨を伝える。
 iの意図と僕の思いが一致すればいいんだけども。
 不安な僕の心を、優しい風が通り抜けた。

( "ゞ)「書けないのにずっと書いていたって何も変わらない。
    勿論書く事を離れる訳にはいかないです。でも今までと同じやり方じゃ駄目だと気付いたんです」

『……』

( "ゞ)「だから、自分から変わろうと思うんです。
    何を変えるんだって言われたら何も言えないけど、変わってみようと思ったんです」



31 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:27:35.30 ID:MjdxgGGA0

 先生は何も言わない。
小さく何かを呟いているような声は聞こえるけど、曖昧なその声は僕の耳には届かなかった。

 恐らくパソコンの前にいるのだろう、時々キーボードを打つ音も聞こえた。
 暫くの間返答のない先生の言葉を待っていると、さして反省もしていない声で悪いと切り出して来た。

『そこまで気付いただけでも中々。そんなお前に俺から凄いプレゼントをやるよ』

( "ゞ)「プレゼント?」

『お前、永夏島って知ってるか?』

( "ゞ)「知ってますよ」

 永夏島。名前しか聞いた事ないが、ここから遠く離れた海の上にある島らしい。
ただそれ以外の情報は全く知らない。

物心付いた頃から部屋に机に向かって書いている僕からしたら、未知の世界と言ってもおかしくはない場所だ。
自分には縁のない場所と認識して、それ以上の深い情報を知ろうとは思わなかった。

 それにしても何故永夏島の名前なんか出すのだろう。
訳が分からずにいると、楽しくて仕方ないといった先生の声が聞こえた。

『お前、明日から永夏島に行け』


32 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:29:37.80 ID:MjdxgGGA0

( "ゞ)「……はい?」

『永夏行きのチケットは取れたから、行け』

 先生が唐突に無茶な事を言うのは今に始まった事ではない。
けれどこの発言は恐らく、後にも先にもないくらい無茶な事だと思う。

 惚けている僕に構わずあれやこれやと話しているけれど、何を言っているのか伝わってこない。
実際には聞いているつもりなのに、頭がついて行けずに混乱していた。

『おい、聞いてんのか』

(;"ゞ)「聞いていますけど学校どうするんですか……」

『夏休みまで後たった二日じゃねぇか。
二日くらい休んだって文句こないだろ。お前より休んでいる奴は沢山いるし』

(;"ゞ)「でも授業も受けないといけないし、やる事は沢山あるし……」

『あーあー。だからお前はいつまで経っても進めやしないんだ。
そうして来た結果が今なんだろ? さっき言った事はどこいったんだ?』

( "ゞ)「それは……」

 先生の言う事は最もだ。でもいきなり永夏島だなんて遠い場所に行けと言われたら誰だって困る。
全面的にサポートをしてくれる先生には悪いけれど、そんな大それた事をする行動力はない。
どうしても胸に引っかかるのは小説、課題の事だ。


33 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:31:56.41 ID:MjdxgGGA0

『なーに、学校の事なら私に任せていろ。お前と私の仲がいい事はみんな知っているんだ。
今このチャンスを逃したら、お前は一生後悔するかもしれないぞ?』

 一生後悔。何故だろう、軽く言われたその言葉が僕の胸に突き刺さった。

 もしかしたら僕は今、人生の瀬戸際とやらに立っているのかもしれない。
大人になって過去を振り返った時、一番に思い出す場面の最中にいるんだろう。
それがどんな結果だとしてもだ。

 勿論、ここから離れたからといって必ずしもスランプから抜け出せるとは限らない。
今以上に酷くなる可能性だって有る。最悪、小説家の道を閉ざしてしまうかもしれない。

( "ゞ)「……したくないです」

 呟いた言葉は先生にまで届かなかったようで、聞き返す先生の声が聞こえた。
 息を吸い、肺に酸素を満たす。
 今度は先生に、自分自身に届くようにはっきりと言う。

( "ゞ)「後悔だけは、したくないです」

 やらぬ後悔より、やる後悔。
誰が先に言ったか分からないけれど、何もしないでいる自分から抜け出したかった。

 先生に押された背中だ。ここで前に進まなければ先生にも、iにも申し訳ない気がした。

 受話器から先生が鼻で笑ったのが聞こえた。
それは嘲笑ではなく、どこかすっきりしたような物だった。


34 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:35:56.55 ID:MjdxgGGA0

『それでこそ私の一番弟子だ』

( "ゞ)「弟子というよりパシリに近いんじゃないですか?」

『お前は私の有能なパシリで、一番弟子だ』

 一番弟子。そう言われた事に喜びを隠せない。
先生と会話をする生徒は他にもいる。
けれどこうして学校から出た場所で付き合いが有るのは僕だけだった。

 好きな相手だから、というのもあるんだろう。
その言葉が今まで貰ったどの褒め言葉よりも嬉しかった。

『まぁ詳しい事はまた明日な。朝一で別府埠頭。遅れたらリンチ』

(;"ゞ)「んな無茶な……」

『私の言う事は絶対だ。じゃあな、関ヶ原』

 唐突に切られる電話。聞こえてくるのは規則正しい無機質な音。
まるで今までの電話が嘘のような感覚に、どうにも現実感が湧かなかった。

 けれど発信履歴を見れば二十分前、確かに先生と会話した記録が残っている。
夏の空気に意識を呼び起こされて、徐々に現実感が湧いてくる。

 永夏島に行く。
あと数時間後には名前しか知らないに土地にいると考えると、何だか不思議な気分になった。


35 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:38:52.15 ID:MjdxgGGA0

 閉じた携帯をもういちど開いて、名前が並んだ着信履歴の一つから電話を掛ける。
一回、二回、三回。電話の呼び出し音を数えながら早く取って欲しいと願う。
夜も遅いけどあの人達は基本的に夜に動く人達だ。問題はないだろう。

( "ゞ)「もしもし、母さん。うん、僕だよ」

 数ヶ月振りの母さんの声。疲れているのかどこかぶっきらぼうに聞こえる。
 まずは何から話せば良いか。
頭を掻きながら言葉を選んでは受話器の向こうへ伝えて行った。

( "ゞ)「あのさ、暫く遠くに行ってもいいかな。……許可得る前に無理矢理決まったんだけどね」

 予想通り、母さんは感嘆の声を漏らして僕にどうしたのと聞いて来た。
武運学園の行事予定は母さんも把握している。だからこそ急な旅立ちに驚いたんだろう。

 次の品評会だってある。夏休みまで残り僅かといっても授業もある。
戸惑いを隠しきれない母さんに、僕は強い声で今の思いを伝えた。

( "ゞ)「ちょっと考えたいんだ。これからの事を」

 母さん達に対してこんなに強い言葉を向けたのは初めてだ。
電話越しの母さんは最初こそでも、と言って永夏島への出発に否定の意を見せていた。
けれど母さんは一瞬何かを考えるような間を開けると、僕の言ったこれからについて問いかけた。


36 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:40:55.06 ID:MjdxgGGA0

( "ゞ)「多分、このまま小説家になっても満足する事は出来ない気がするんだ。
    そうでなくても小説家になれるかも怪しいんだけど……」

 母さんは僕の話を聞いている。何も言わずに聞いてくれている。

( "ゞ)「少し時間が欲しいんだ。今のままじゃ駄目だから、だから」

 続けようとした言葉を母さんに止められる。
そんなに言うなら仕方ない、そう言う母さんの声は飽きれた訳でも諦めた訳でもない。
期待とは少し違う、励ましのようなものだった。

( "ゞ)「ありがとう。うん、使っていない貯金がまだあるから大丈夫」

 それから二三近況報告をして電話を切る。
 父さんにも同じような事を伝えると、すぐに承諾の返事が返って来た。
頑張れよ。最後に父さんに言われた言葉を胸の中で噛み締めた。


37 ◆AoH6mbCY.w 2009/07/20(月) 21:42:21.16 ID:MjdxgGGA0

 両親から了解を得た僕は部屋の中へ戻り、クローゼットから大きな鞄を取り出した。
 一人暮らしを決めた時に買った鞄。
もう使う事はないと思っていた鞄を開けて、箪笥から出した着替えの洋服を入れた。

( "ゞ)「さて、何日分の着替え持てばいいのかな」

 先生の事だから長期滞在を目的に行かせるつもりなんだろう。
多めの着替えと、歯ブラシと、あと何が必要だったか。
 こんなに心を躍らせるのは久しぶりだった。

 この旅で一体何が掴めるのか、それはまだわからない。
 けれどどんな結果になっても後悔しないようにしたい。

 そう思いながら、僕はこれからの事を思い描いていた。






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